都合の良い夢
気が付いたら、俺は病院の前に立っていた。デュエルアカデミアにいたはずの自分が、何故病院なんかにいるんだろうと考えて、紅葉さんの事を思い出す。
そうだ、俺は紅葉さんのお見舞いに来たんだ。
もしかしたら紅葉さんが目覚めてるかもしれない、そんな予感がして。
ああでも。
もし彼が眠ったままだったらどうしよう。
呼吸器と点滴を取り付けられた、痛々しい紅葉さんの姿を見て、俺は平静を保てるだろうか。
そう思うと、病室のドアが開けられなくて、俺は行き場のない手を彷徨わせながら、呆然と扉の前に立ち尽くしていた。
「ドアの前に立たれると入れないんだけどなぁ」
不意に。
背後から懐かしい声がして。
弾ける様に振り返ると、そこには穏やかな笑顔を浮かべた紅葉さんが立っていた。
記憶の中の彼と、少しも変わらない姿が視界に入った瞬間、涙がぼろぼろと溢れてきた。
――――こうよう、さん
名前を呼びたいのに、声にならなかった。
口をぱくぱくとさせて、顔中を涙やら鼻水でべたべたにして、それ以上何もできなくて、動けないでいた俺の身体を、紅葉さんがぎゅうっと抱きしめてくれた。
「……大きくなったなぁ、十代」
透き通るような静かな声で、紅葉さんが囁いた。
その言葉が無性に泣けてしまって、俺は人目も憚らずに、大声で泣き出した。
今まで紅葉さんに会えなかった時間がどれだけ長かったか、紅葉さんに会いたかったのに会えなかった寂しさとか、色々な感情がないまぜになって、涙となって溢れ出してしまった。
俺は夢中で紅葉さんの胸にしがみついて、赤ん坊みたいにわあわあ泣いた。
紅葉さんが目覚めたら、元気になった紅葉さんに会えたら、話したい事がいっぱい、いっぱいあったのに。
でも、いざとなれば、言葉なんて出なくて。
ただ、大好きな紅葉さんの感触を逃がすまいと、必死にしがみつく事しかできなくて。
俺は顔をぐしゃぐしゃにしながら、やっとの思いで一言だけ口にした。
「会いたかったよ……紅葉さん―――」
自分の声の大きさに、はっとして目が覚めた。
飛び起きると、目の前には不安そうに瞳を揺らしたハネクリボーがいた。
きょろ、と周囲を見回すと、そこはいつも通りの、レッド寮の自分の部屋だった。
「…ゆ、めかよ……」
はあ、とため息をついてベッドの上に倒れこむと、ハネクリボーが心配そうに、俺のまわりをくるくると回った。
大丈夫だよ、と頭を撫でてやりながら、涙で濡れた瞼を乱暴に拭う。
「そうだよな。夢だよな…紅葉さんが目覚めたら、みど…響先生が、まっさきに教えてくれるはずだもんなぁ」
「クリクリ〜…」
「心配させてごめんな、ハネクリボー。ちょっと都合の良い夢を見ただけなんだ。…俺は大丈夫だから」
心配させないように笑ってみせて、窓の外に視線を移す。
―――紅葉さん、今、どんな夢をみてるのかな。
まだ病室のベッドで、変わらずに眠り続けている紅葉さんを想う。
何年も眠り続けている紅葉さん。
彼は一体どんな夢を見てるんだろう。
何年も、ずっと同じ夢をみているのだろうか。
せめてその夢の中に、俺がいればいいなと思う。
紅葉さんが俺を忘れないでいてくれますように。
目が覚めた時、俺の名前を呼んでくれます様に。
――――そう、願っている。